安芸国人・聞き撮り日誌・序文
●2004年2月末
原爆投下直前のエノラゲイをみた
武田道哉さん(誓立寺住職) 往生
●2004年3月末

灯篭作りの名人
山崎良江さん 往生
広島へ帰った途端、相次ぐ訃報だった。これで『土徳』でお世話になった物故者は6人になった。
  
黒川武さん 西沢花子さん 谷口フサコさん
父親の言葉を思い出した。
土徳はなくなる。
なくなる。
じゃがまだ当分ある。
その地域の人々の心ずーっと焼き付いとるけえ、
ここで育つものに影響を与えるわけ。
ところが、そういう人々が、だんだん死んでいく。
そしたらなくなる。
力もないなってくる。
影響もあたえられんようになってしまう。
じゃけえ、その力が続くかぎり少しづつでも影響を与えることができる。それが土徳。
映画を観たお客さんには、私の父親の「土徳はなくなる」という言葉に衝撃をうけるかたが多かったように思える。
しかし私はこのインタビューを聞いたとき、その後に続く「その力が続くかぎり少しづつでも影響を与えることができる。」という言葉になにがしかの光をみた思いをした。
私はあきらめない。
私はこれから広島を拠点にさらなる「土徳」の意味を探求しつつ、様々な人を訪ねていこうと思っている。
戦前戦後を生き抜き、安芸という風土・「土徳」を「土徳」たらしめた人たちは、今、風前の灯火である。
ことは急務を要するのだ。
この日誌は、月1回の連載形式で、安芸地域を中心とした日本各地に暮らす古老の方々を、私自身が訪ね歩き、映像記録をし、可能な限り生の言葉で記述していくフィールドノートであり、「土徳・第二部」完成への足がかりとなる製作ノートである。
2004年5月11日青原さとし
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